「月曜日から出発前日まで平均睡眠時間4時間。出発前はきっかり2時間しか寝ていないよ。
こんな調子で登っても良いことないよ、辛いだけさ、今日はやめときなよ。」
と、布団の上から僕に覆いかぶさっているもう一人の僕、山行きをやめさせようとしている僕が、起きようとするが半ば金縛り状態にある僕に話しかける。
僕は僕を抑え込んでいるもう一人の僕に言ってやったんだ、
「もし僕が今日、山に行かなかったとしたら、昨日帰りがけに買ったアンパンやランチパックはどうするんだい。山の天辺で戴くアンパンと珈琲の味を君も知っているはずだろ?パソコンの前に座って何をするのでもなくネットサーフィンしながら食べるアンパンと珈琲なんかより百倍も千倍も美味いってことをさ。家に居たら唯のアンパン。山で食べたら千倍美味いあんぱん。その千倍美味いアンパンを君は食べたいと思わないのかい?
もう一人の僕は唾を飲み込み、もう一人の僕の視線が僕から離れ少し遠くを向き、僕を抑え込んんでいた力が少し緩んだ。その一瞬に僕はベッドから転がり落ちるように抜け出した。
もう一人の僕は、悲しそうな眼をして僕を見ている。
もう一人の僕は布団の上でしか生きていけないのだ。そして僕の体温で温められた布団が段々と冷めていくに従い、もう一人の僕が消えていった。
僕はもう一人の僕の弱点を知っている。食い物の話に弱い。食い意地が張っているのだ。
なぜ知っているかって?
もう一人の僕も僕だからさ!
つづきます。